ケース1 正しいオトナの場合

若者>
世の中は不正がまかり通っている。


大人>
たしかにそうだ。しかし、自然の摂理から生じる、
必然的な苦労というものも世の中には存在する
それに対して怒ってもしょうがないのだ。


ライオンが、
”俺様がこんなにまで、ハンティングに必死にならないと
生きていけないのはどうしてだ、自然界って、何かムカツク・・”
と嘆いているようなものだ。


若者>
ライオンは、そもそもそんなことは考えないのでは?
だから、彼らは文明を発展させなかったのでは?


もしかして、太古の人間は、そう感じ取っていたからこそ
自然を自分の思うように変えて、文明を発展させたのではないか?
彼らは、ハンティングしたときに
何かやりきれない思いを抱いていたのでは?


ということは、現代の人間が、現代社会や自然界に対して
このような感覚を持つのはきわめて自然な感情なのではないのか?
いわば人間としての証しなのでは?


自分をまわりにあわせるのではなくまわりを自分に合わせてつくりかえる。
これが人類の発展の源泉


つまり、人間、もっとワガママになっても良いのでは・


大人>
自分にまわりをあわせて自然をつくりかえても、根本は自然と同じ。
他の生き物の命を得ていることにはかわりが無い。


牧畜や農耕は、ハンティングの対象が効率よくなったに過ぎない
家畜や作物は、人間にとって
”わざわざ追いかけなくてもいい獲物”に過ぎない