演出家のゴシップ記事に対する見方

演出家、プロデューサーなどは、
大衆とはまるきり逆の見方をします。



バッシングに耐えて生き残ると
押しも押されぬ一流のタレントであるということ
以後、業界のお墨付きのもと、安定した仕事がもらえる。


バッシングが短期間で止み、マスコミヨイショに転じると
そのタレントは”転んだ”とみなされ、二流扱いされる
一時期だけもてはやされる、中身が無い仕事をあてがわれる


もちろん、最初からヨイショされるタレントなど
はなから相手にされない。







1、ヨイショされたまま(永遠に3流のママ)
2、バッシングが始まる。

1 バッシングに耐え切れず消えていた。三流
バッシングが止む、二流
2、バッシング止まず、耐え切る。1流昇格




バーの誘惑を撥ね退けるたび、
あるいはバッシングを一定期間耐えるたびに
上位の階級に昇格するわけである。


純バー2ゆうきなえタイプの非バーが3流
転びバータレが2流


一貫して非バーが一流というわけである。
あるいは、消えた奴でも
ゆうきなえでも、ある程度の期間耐えぬいたら二流に近く
転びでも、バッシングの止む時期が比較的早い者は三流に近いともいえる

転ぶ時期が遅いほど、耐える期間が長いほど上流に近い


世間では、ゆうきなえが3流、
一環した非バーが2、5流
転びバータレが2流
純バーが一流

というところだろう。

ヨイショの期間が長いほど、バーに屈したじきが早いほど上流となる



生活保護を受給しているようなものである。
生活のうえで有利だが、就職に不利となる
収入はあるが、自由に社会に飛び出して
選ばれることによって収入は得られない
それ自体、無能のレッテルを貼られるのであるから
社会で勝負したいのならそれを捨て去る必要があるということだ

ゲンダイでヨイショが始まるということ自体
周防の愛人であると公言してしまっているようなものだ
そのタレントが二流であることを宣伝してるようなもの・・


だから、まるで、夜の生活を一般公開したような状況である。
非情に恥ずかしい。


皆、ゲンダイの記事を見た後、そのタレントにあうと
昨夜のあのお方との夜のプレイを想像して、
ニヤニヤした目で見られるというわけだ
タレントは、そんな屈辱も我慢しなければならない。


そのヨイショ記事のコピーペーストを、
嬉々として
励んでいるれんちゅうは・・・
その意図とは裏腹に
わざわざ
そのタレントが一流であるということを宣伝してくれているようなものだ
逆にいえば、事務所にとってはありがたい存在である


大衆が気が付かず、ファンが離れてしまえば困るが
うすうす気づいて、業界と同じ見方をしている者もまた
最近は多くなっている



またキャストを選ぶ製作者には、
バータレであるということ自体が
演技力が備わっていない
あるいは、自分自信の演技に自信の無い
タレントであるとみなされる


売り込みをされれば出すが
(利用価値があるため=雑誌でヨイショが載り、それが
宣伝になるし、バッシングもされない)
あえて、自発的に起用したいとは誰一人思わない